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マリーローランサンとその時代展 つづき
前回のつづき

構成は、1章がマリーローランサンの絵、2章、3章がその時代(エコールドパリ)に活躍した画家たちの作品群でした。 (3章は日本人だけの絵)

昨日、マリーローランサンについて書いたので、今日は同じ時代に活躍した画家の絵についてです。

その前に、私の絵の観賞法ですが、以前ブログに書いたのですが、もう一つあって、それは、絵の中で一枚だけ自分の部屋に飾りたいとしたらどの絵を選ぶ?ということ。 

後世に残る絵(芸術)というものは、次元を超え人智を超えたところの何かに選ばれし絵であり、かつ、それらは未来永劫光を失うことなく輝き続けるだろうし、そのパワーたるや、時には動けなくなるくらいのものもあります。

そんなスゴイ作品の中から一枚だけ選ぶなんて難しいのですが、直観です。その時々で違う心の状態や体調、そして、何を求めているかで、自然と見えてくるものです。

さて、そんな中で、今回私の心を射止めた絵が下の一枚、いや2枚です。

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キース・ヴァン・ドンゲン『腰かける婦人』 (1925-30)

大きな絵でした。私が知るドンゲンの絵は極端にデフォルメされて、個人的には好きな方ではなかったのですが、こちらの絵は、かなり離れた場所から気になる存在で、ひき付けられるように足が止まり、暫く見入ってしまいました。
画像なので色が劣り残念です。是非実物をみて欲しいです。

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佐伯祐三 『扉』 (1928)

大好きな画家です。この人の絵にはゴッホに通じるものがあります。内面から湧き出る、観る者の心をぐらぐらと揺さぶるようなエネルギー。心も身体も病み、30歳という若さで夭折した事をおもうと、またゴッホと重ねてしまうのは私だけではないと思います。
飽くなき探求心と身を削るまでの努力、本物の芸術家とは、彼のような人を言うのでしょう。

やはり画像だと全然迫力が違う。扉はもっと深いグリーンです。小さい絵ですが、実物は佐伯祐三の息遣いや筆さばきが伝わる鬼気迫るものでした。



他にも気になる絵は沢山ありましたが、もう二枚ほど。(画像が見つからないので画像なしで!)

● 荻須高徳の「中庭」(1964)もよかった。
荻須は佐伯(敬称略)を尊敬、傾倒し、パリでは佐伯の横にキャンバスを並べ描いていたというくらいですから、絵も似ています。


● また、今回嬉しかったのが、三岸節子の花以外の絵を観ることができたこと。5作品展示されていました。

三岸節子の絵は、デフォルメ&厚塗りというイメージですが、初期のものでマティスのような室内をモチーフにした絵は色鮮やかにサラッと描かれており、他の人物が入った絵も私にとってはとても新鮮でした。
最後に掛けてあった、「イル・サンルイの秋」(82歳の時の作品)は、これぞ三岸節子の真骨頂!ともいうべき、無駄をそぎ落とした極限のデフォルメ&圧塗りで、82の女性とは思えぬほどの迫力で圧巻でした。

(追記)
● ユトリロと彼の母、シュザンヌ・ヴァラドンの絵もありました。奔放な性格がそのまま絵に投影さた力強い絵は、哀愁ただよう繊細なユトリロとは対照的。同時に観れたのは幸せです。
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シュザンヌ・ヴァラドン 「座る裸婦」1921

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ユトリロ 「オニヴァルのムーラン・ド・ピエール、ソンム」 1913年頃
今回展示されていたユトリロの絵。 “白の時代” の色合いからは離れた絵だと思うのですが、安定した精神で描いたんだなという印象をうけました。だからか、とても静かで魅力的な絵でした。



今回の展覧会は全部で90作品ほどで、深くじっくり観る私にとっては、いい量感だったように思います。(大きな展覧会では観終わる頃にはへろへろなのです・・・笑)
そして、ブログを書きながら思ったことですが、一昨日脳裏に焼き付けた素晴らしい生の絵が、WEB画像によって、デジタル色に上書きされてしまいそうで怖い・・・(笑)。 また、生の絵を観に行きたい、そんな気持ち。
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by soleiljap | 2012-09-11 10:04 | ◇ 美 術
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