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シャルル・ドゴール空港 <旅立ち3>

ドゴール空港到着。
期待と緊張は最高潮に達していた。パリに着いた喜びを噛みしめながら歩いた。迷子にならないように人の流れについて行く。モスクワ空港とは何もかもが違う。人も空気も建物も。
数時間前迄の心細さは不思議となかった。1歩1歩踏みしめながら、これから始まる未来だけを見ていた。

しかしイミュグレーションに近づくにつれ、ハヤル気持ちも、だんだんと不安へと変っていった。
ここを通らなければ出口へは行けない。問題は会話である。15、6時間のフライトの間、ほとんど会話らしい会話をしていない、地上に降りたって最初に喋る言葉が外国語なんて。どうせならここは英語じゃなくフランス語を喋りたい。
なるべく長い列の方に並ぶ。誰も頼る人がいないという孤独を初めて感じた。列は一人終わるごとに短くなっていく。私のフランス語は通じるだろうか。相手の言ってる事が聞き取れるだろうか。とうとう自分の番が来た。緊張のボルテージは最高潮に達していた。

予想は完全に外れていた。ラテン系の陽気で明るい人種は、日本からの小娘を見て、殆ど事務的な会話ですぐに通過させてくれた。私が学生ビザで来たから?初めてのフランスだったから?もうそんな事はどうでもいい。自由の身になった私は、荷物を取ると急いで出口に向かった。
ジョン(仮名)*のガールフレンドが迎えにきてくれているはずだ。私はバックから彼女の写真を取り出し、握りしめた。

出口を出ると、到着ロビーには大勢の出迎えの人がいた。彼女の顔は写真では見ているものの、皆同じ顔に見える。不安が押し寄せた。
(どうか私を見つけて!)
心の中で叫びながら、ふと奥を見ると、ローマ字が書かれた紙を持った女性が二人立っていた。近づくと、
(あっ、私の名前だ!)
思わず駆け寄り、名前を名乗り、日本にいる友人で、彼女のBFでもあるジョンの名前を言った。心の底から嬉しかった。身体から力が抜けていくように安心した。

彼女はパリの大学に通うギリシャ人で、もう一人は、アパートをシェアーしているという同じ大学の友人。私の住まいが見つかるまで、自分達の家に泊まるように言ってくれた。私達はフランス語混じりの英語で、ジョンの話や、日本やフランスについての話をした。

a0029889_1912123.jpgメトロを乗り継いで彼女達の住まいのある“Blanche”(ブランシュ)と言う駅に着いた。改札を出て大通りを右に歩いた。何もわからぬまま彼女達の後についていく。
街路樹の葉っぱが初夏の色をしていた。絵に描いたような石造りの建物が続く。パリの建物は、百年以上も前からそのままの姿で、今なお守り続けられている。街も人の考え方も素晴らしいと思った。あらためて芸術の国であることを実感する。

駅からまっすぐ4、5分歩いた所に彼女達のアパルトマンがあった。重厚な木の扉を押し開けると、その先にアールヌーボー調の鉄の柵で囲われたエレベーターがあった。フランス映画で観たのと同じものだ。むきだしのエレベーターには二つの扉がついていた。大きなスーツケースと、私たち3人が乗ると、ギシギシと音をたて揺れた。 手で外側、内側と一つずつ扉が閉められ、閉まる度に金属音が響く。透かしのアールヌーボー調の鉄の囲を残し、重厚な木の箱はガタンと鈍く揺れた後、間をおいてゆっくり動き出した。

(つづく)

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※ジョン・・・私の住む故郷の大学で海洋学について研究しているフランスからの留学生。
出発直前まで私の渡欧の準備を色々と助けてくれた恩人です。

*画像は彼女のアパートのエレベーター。まさに乗りこむ前の写真です。(見づらくてすみません)
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by soleiljap | 2005-03-10 07:21 | ■ Parisのお話 | Trackback
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