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四半世紀の時を経て
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こちらの手ぬぐい、正確には手ぬぐいで作った袋は、結婚する時、実家の母が持たせてくれたもので、なんと四半世紀一度も使わず、食器棚の引き出しにしまい込んであったものです。

餡子は漉し餡の方が好きなのに、作る時はいつも簡単な粒あん。 いつか作ろうと思いつつ25年以上もたってしまった。 
母の漉し餡が食べたくて、綺麗に洗ってお日さまに当てて、さっぱりさせて登場です。 


母の漉し餡は絶品です。生前は孫たちからも「おばあちゃんの漉し餡」の名で愛されていました。
子どもの頃、母が作る漉し餡はまるでクイズかパズルのようでした。 順序立ててみれば難しいことなんてないのに、なにせ工程が多いのです。傍で見ていると、これを捨てて、こっちは捨てないのと母が指差す方の容器には、まるで濁った灰色の汁がなみなみと入っている。 これがあの美味しい餡に??と 毎回不思議でした。 (あの頃、全ての工程を母一人でやっていました。他のことは手伝わせていたのに漉し餡だけは一人で。)
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今回初めて作ってみて、確かに初めから終わりまで同じ人間が作った方が無駄もなく早く作れる。 これして、あれやって、合間にこっちを、なんて組み立てるとやはり一人でやった方がいいのです。 母が娘たちに手伝わせなかった理由がわかるような気がします。


濾した小豆を袋に入れてからは満身の力で絞るので力のいる仕事です。丈夫な木綿の袋から少しずつにじみ出る水滴を見ながら、あの時の母もこうやっていたんだと思うと、台所でみた母の前かがみの丸い背中がとても懐かしく、と同時に25年も使わずにいた事への申し訳なさとが交互に湧き上がってくるのでした。

それにしても母の漉し餡、いったいどれほどの小豆の量だったのだろう。木綿の袋は常に2枚用意して、漉した餡を入れる大きなバケツのような容器は2個置いてありました。 小豆を何時間も煮て、そのあと目の細かいザルで漉す作業の大変さ。そんな苦労も知らずパクパク食べていた父や私たち、そして孫たち。
こうやって時間をかけて作ってみて初めて気づくんですよね。
母が亡くなってからは、実家では妹が ≪漉し餡の係≫ とか。
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初めて作った漉し餡は、今、冷凍庫と冷蔵庫で休んでいます。さて、つやつや漉し餡を使って何をつくろうかしら♪
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四半世紀も眠らせていた漉し餡用の袋、 やっと使うことができてほっとしています。
母は見ていてくれただろうか。

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ありがとう!これからたくさん使うね 





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by soleiljap | 2015-02-03 00:44 | ◆ Sweets | Trackback
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