カテゴリ:◇ 美 術( 19 )
マネ展@三菱一号館美術館

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風がそよそよと気持ちいいー。
煉瓦色の建物、木々の緑、慎ましやかに咲いている花々が日の落ちかけた青空に映えてキレイです。

画像から伝わっているかな?
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by soleiljap | 2010-06-12 18:08 | ◇ 美 術
長谷川等伯 展を観る
うららかな春の日差しを感じながら向かった先は上野の東京国立博物館。
今、話題になっている『長谷川等伯展』を観にいってきました。

東京での展覧会もあと少し。もう長蛇の列にも驚かない私ですが、今回は外で待っていたので、陽も陰ってくると足元からジンジン冷えてきて、温かいお茶飲みたいなと思う。持って行った本のお陰でなんとか時間をつぶすことができました。(待ち時間50分)
もっと早く行こう、巨匠の展覧会!>自分


長谷川等伯(1539~1610)は桃山時代に生きた絵師。今から400年以上前、あの時代狩野派と真っ向から勝負し、豊臣秀吉や千利休を後ろ盾に一躍天下の大絵師となった野心家でもあります。

会場は7つの章に分けられ作品が展示されていました。
第1章は生まれ故郷能登で緻密な仏画を描いていた頃の作品郡。30才で上洛し、激動の桃山時代で秀吉や千利休の依頼で描いた、金色艶やかなる作品郡の第4章では、その絢爛優美な大作に息を呑むほどでした。
第5章の秀吉の没後、再び仏画を描き、京都の本法寺におさめられている、たて10m×よこ6mの「仏涅槃図」は圧巻です。
そして、最終章は水墨画。黒白の濃淡が視野に入った途端、気持ちは「松林図屏風」に向かい、はやる気持ちを抑えながら、じっくりと等伯の繊細で大胆な墨の筆致を堪能しました。

最後を飾るのは勿論、等伯の代表作「小林寺屏風」。
語らずして語る、描かずして描く。余白にこれほどの物語を含む絵が他にあるでしょうか。静謐で力強い。多くの人が語るように、まさに画面から匂いや風、空気までも伝わってくる感じです。

屏風の和紙の貼り方から、さまざまな憶測も語られていますが、400年もの時を経て、今尚人々を感動させるパワーは紛れもなく等伯という偉大なる芸術家がいたからですね。

等伯の作品を、章を追うごとに観て感じたことは、そのたびに違う画家が描いたのではないだろうかと思うほど新鮮で衝撃的でした。変幻自在にどんな絵も描ける人。時代を読み、何を求められているかを瞬時に理解する画家。それほどに感性が鋭く、才能に溢れ、エネルギッシュな人だったのでしょう。


いい作品は呼吸をしています。何百年たっても、色褪せることなく人々を魅了し、語り継がれてきているのはのそこに作者の魂(心)がこめられているからだと思うのです。
バッハ (1685~1750)の音楽が現代音楽の中にあっても古臭さを感じさせないのも、ダビンチ(1452~1519)のモナリザの微笑を今なお体温とともに感じる事ができるのも、やはりそこに命が宿っているからだと思う。


この日、他にもう一軒いきたかったのですが、等伯の素晴らしい作品にお腹が一杯になり、そのまま家路についたのでした。

長くなりました! まだ書き足りないくらい……。
東京の等伯展も残すはあと2日?お時間のある方は是非行ってきてください。



等伯展を観にいく途中、木立が綺麗だったので携帯で撮りました。a0029889_7235794.jpga0029889_7242060.jpg
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by soleiljap | 2010-03-21 09:32 | ◇ 美 術
絵封筒に夢中
昨日の続きです。
絵なんて何十年も描かなかった私が、ここ最近何故か急に色で遊びたくなった訳。それは、昨年のちょうど今頃、chachatさんのブログでみた絵封筒でした。

まるで、弾むように描かれた曲線と、封筒いっぱいに塗られた色彩から今にも音楽が聴こえてきそうで、最初に見た瞬間、心躍りました。

封筒に描かれた絵。 ハガキに絵を描く、絵てがみならよく知っています。
ハガキに描けるのだから、封筒にも描けるはず。でも、今のいままでそんな発想すらなかったのです。

自分でも描きたくなって、封筒に窓から見える富士山を鉛筆で描こうとしたのですが、悩むこと数分。
「ここに住所を入れて、切手はここに……。そうすると、こには描かかない方がいいよね・・・・・・」などと、小さなスペースに制約ばかりを強いてしまい、思うように手が動かなくなってしまったのです。

結局、そのときはこの国で絵封筒なるものポストに出せるのだろうか、という疑問を持ったまま、富士山は封筒の端に小さく描かれたままほったらかされていました。

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年が明けてお正月の片付けが終わった頃、本屋へ行き、覗いた美術コーナー。
なんと、そこで 『絵封筒をおくろう』(文化出版局)という本をみつけたのです。

迷わず買いましたよ。
読むと、絵封筒なるもの、静かなブームらしく2007年には絵封筒の展覧会もあったそうな。(しらなかった!)
規則や規定があるのかと思いきや、切手を貼る場所、住所の書き方も自由。
届けてくれる郵便やさんに宛先がわかるように書かれてあればOKなんですって。

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イラストレーターのきむらさとし氏が、初めて絵封筒に出会った時、「ひと目で魅了され、まねしたくなった」と書いてありましたが、それは正に、私が一年前にchachatさんのところでみた時の感動と同じ。

手紙は開ける楽しみがあります。メールや電話ですましてしまうことが多くなった昨今ですが、こうやって手描きの封筒が送られてきて、封をあけて手紙を読む瞬間は、きっと、とても贅沢な時間だろうなと思います。


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先日買った固形に水彩絵の具を出して、今朝、早速描いてみました。被写体はキッチンにあったもの。

封筒という限られたスペースながらも、自由にその一瞬を切り取り、自分だけの世界を表現できることはとても気持ちいいものです。(思うように描けないという歯がゆさはあるけれど)

会社へ行くので下絵だけになってしまいましたが、また色塗りも楽しみです!
はてさて、どんな絵封筒になりますか、お楽しみに。 (アップできればですが・・・)

【追記】
本にも記載されてありましたが、画材によっては他の郵便物に色がついたり、雨に塗れて絵の具がにじんだりする場合があるので、定着剤を使用したり、しっかり乾かす等の配慮が大事ですね。
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by soleiljap | 2009-01-29 13:15 | ◇ 美 術 | Trackback
フェルメール展に行く

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フェルメール展に行ってきました。
感想から言うと、少々欲求不満かな。気持ちを残して帰ってきた感じです。このことは後で書くことにして。

今秋人気のフェルメール展、今月14日迄ですね。皆さんから、待たされるわよと聞いていたので、朝一番で行くつもりが、朝用事を済ませ、上野に着いたのが10時半でした。改札を出た瞬間、たくさんの人が同じ方向に歩いていくので嫌な予感はしたのですが、予感は的中。美術館はすでに長蛇の列。係員が30分待ちのプラカードを持って立っていました。
入場券を買って、持っていった本を読みながら待つこと40分。(多分) この時点ですでに疲れていました。(笑)

中も混雑しているのは周知。koroちゃんが音声ガイドを借りて正解といっていたので、私も迷わず借りました。


1650年前後から1670年にかけてのオランダのデルフトで描かれた(デルフト派の)画家たちの絵が40点。
展示は、遠近法をや透視図法を取り入れた当時の特徴的な絵でスタート。教会の内部、風景、肖像画等、油絵の具を重ねて塗りこんで艶を出すこの時代の手法はどれも神々しく、どの部分をみてもしっかり描きこまれた絵ばかり。

中盤から家庭の風景や親子を題材にしたものが多くみられました。これは、当時、家庭が道徳教育の場であるということを表し、家庭が教会的な意味を持つというようなことが書かれていました。
ちょうど郵便が始まった時代で、手紙のやり取りがとてもブームだったらしく、手紙を読んだり書いたりしている絵が好んで描かれていました。
絵から、その当時の風俗や流行など社会背景や生活を垣間見ることができます。絵を観る楽しさはこういうところにもあるのですね。

終盤はお待ちかねのフェルメール。生涯35点程といわれる寡作の画家ですが、今回はその中から7点が展示。フェルメール特有の窓から差すやわらかい光、長い物語の一部を切り取ったような空気感、話し声が聴こえてきそうな、暖かく生き生きとした絵は今にも吸い込まれていきそうで、想像や妄想の世界に暫し入り込んでしまったほど。

40点を通し、デルフト派の画家たちの絵はどれも新鮮で奥が深く、素晴らしいものばかりでした。(もっと書きたいのですが・・・。)

さて、ここで、冒頭に書いた欲求不満に話を戻すと、実は、私にとってフェルメールの絵といえば、『牛乳を注ぐ女』なのです。

a0029889_1022066.jpg今回、この絵をどれだけ楽しみにしていたか……。

注ぐ音が聞こえてきそうな細く流れ落ちる牛乳。坪を大事そうに持つ女性の逞しい腕。手だけ日焼けしている。窓から差す暖かな光。雑然としたテーブル。汚れた床。

日常のありふれた風景を題材にして、多くの人を魅了してきた絵です。
本物を見ることができると思っていたので、本当に残念です。


そして、もう一つの残念が、『真珠の耳飾りの少女』。こちらもなかったですね。


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欲求不満がこんなところででてしまったかな。子どもたちへのお土産のデスク・メモとクリアファイル(A5)は両方とも 『真珠の耳飾りの少女』 。
デスク・メモは息子に、クリアファイルは娘に。 自分には、いつも一筆箋を買うのが恒例なのですが、売り切れていました。(残念3)
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by soleiljap | 2008-12-05 23:10 | ◇ 美 術 | Trackback(1)
PICASSO展に行く

急に気温が下がって、昨日今日と富士山がとても綺麗に見えます。
ちょっと冷え込んだ朝も気分はウキウキ。だって、とっても素敵な人とピカソの絵を観に行けるのですから♪
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下北半島からいつも心温かいblogを綴っていらっしゃるkoroさんが、かわいいお孫ちゃんたちに会いにいらっしゃると聞いて、すぐにピカソ展デートの申し込みをしました。^^
生まれたばかりの双子ちゃんのお手伝いにいらっしゃるので、中々お時間もとりずらい中、昨日一緒に行くことができました。

待ち合わせは9時50分。そう、10時開館ですから、朝一の鑑賞スタートです。すでに人が並んでいました。
koroさんとは2年ぶり2回目の再会。すぐに分かりましたよ。だって、楚々として本当に素敵なんですから。


国立新美術館とサントリー美術館の同時開催。合計230点のピカソの作品を一度に観れる展覧会はそうないのではないでしょうか。

ピカソの絵はパリに住んでいた時から、そして、日本での展覧会でも沢山観てきました。が、これだけ一堂に揃ったものを観るのは初めて。
今回、この展覧会でピカソの認識が少しかわったように思います。これまでは"芸術家ピカソ"という枠の中でみていましたが、19歳から晩年91で亡くなる最後の作品を通して、芸術家以前一人の人間としての苦悩や憂いや悲しみを垣間見れたような気がします。

国立新美術館では、年代ごとにピカソが愛し過ごした女性たちとの愛の遍歴=素晴らしい作品群としてをみることができ、サントリー美術館ではピカソの内面を探る作品群にまとめてあったように思います。

国立新美術館で、ピカソが「私にとって絵は、自叙伝のようなもの。日記を書くように私は絵を描く」というようなことが晩年のコーナーの説明ボードに書いてありました。

まさに、その時々の思いを手の動くままストレートにキャンバスにぶつけていたのですね。内面から湧き出る情熱や思いは絵を通して観るものの心にもしっかりと伝わってきます。

ピカソといえばキュビズム。力強い線で分断された面に鮮やかな色を塗りこまれた絵のイメージが強いですが、初期の緻密な絵からも分かる、その素晴らしいデッサン力に感動し、心の奥をじっと見据えるような『青の時代』の絵は、暗く、混沌とした空気をかもし出し、その後、徐々にキュビズムに移行してく過程もまた見ごたえあります。
バラ色の時代の絵はまさにその女性遍歴を物語る作品の連続。女性によって作風が変わる様子を順にみて取れるというのも、今回の展覧会の醍醐味でもあるのかも。

次に向かったサントリー美術館では、ピカソの内面を垣間見れたような気がします。
絵と向かうことで、自分をみつめ、内なるエネルギーとのバランスをとっていたのでは・・・・・・。数多くの女性との生活を繰り返しながらも、心の中では生涯孤独な人生を送ったのではないだろうか。
最後の自画像の目をみていると、とても悲しくなってきます。きっとピカソは最期まで自分の「隙間」を埋め続けようとし、それが何なのかと問い続けていたのではなかろうかと。

ああ、もっと書きたいのですが時間がない。 長くなりそうなのでいつかまた・・・・・・。


koroちゃん、昨日は本当に充実した一日でした。ありがとう。いい絵をみて、お散歩しながらお喋りもででき、たくさんの思い出ができました。お揃いのお箸も買えたし~♪
下北半島の美味しいお土産の記事はまた後ほど。


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今日(11/20)、午前7時過ぎの富士山です。
あぁ、冬が来たな、と実感させる寒さでした。天気予報では今日の最低気温は6℃。(ぶるっ)
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同じく11月20日、夕方の富士山。
「ママー、夕焼け綺麗だよー!」と娘が教えてくれました。左右にずっーーとオレンジが続いていました。肉眼ではもっとオレンジ色が濃かったのですが・・・。
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※画像はクリックで大きくなります。
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by soleiljap | 2008-11-20 16:54 | ◇ 美 術 | Trackback(1)
たまには思いつくままに。
おはよう♪ のんびりした朝、たまには思いつくままに。

a0029889_1033679.jpg朝のデザートのモワロー・ショコラです。
トロリとショコラが流れだたところを娘が携帯で撮っていました。
朝から手作りデザートなんてお思いでしょうか?! とんでもぶるぶる。(笑) 作業はオーブンに入れて待つだけ。約10分で出来上がりました。

昨日家庭教師の先生のために作って出して、残りを冷凍しておいたものです。
昨日は焼きの時間が少々長すぎたみたいで、トロリが少なかったのですが、今朝はいいタイミングでオーブンから出せたみたい。


a0029889_1035471.jpgこちらも朝一番で撮った、ベランダの桜蘭。撮ってすぐ妹へ写メール。

2年前、鹿児島の妹の家から、茎2,3本茎を東京に持ち帰って土にさして増やしたものです。

夏は、ベランダでどんどん葉をつけ、11月~4月は部屋の中の窓際ですくすく育っている我が家の可愛いプラントの一つ。もうそろそろ、お部屋に入れる頃なのよね。


さて、ここからが本題。
普段、TVをあまり観ない私ですが、昨日、版画家・棟方志功のドラマが目に入り、そのまま引き込まれTVの前で番組が終わるまで動けず。

棟方志功と彼を支える献身的な妻、そして、彼を囲む愛情あふれる人々のドラマですが、故郷を愛し、心に宗教をもち、常に自分と向き合っていたかれの作品の原点がここにあるのだと思いました。
「わだばゴッホになる」と生涯ゴッホを敬愛し、ベートーヴェンを愛した彼の豊かな感性は、ほとばしる創作意欲というエネルギーとなって、あの数々の素晴らしい作品が生み出されたのですね。

棟方志功を演じる劇団ひとりは、まるで棟方志功が乗りうつったごとくの迫真の演技。妻役の香椎由宇も好演だったし、出演者全ての相乗効果がまた素晴らしかった。脚本、演出、キャスト全てがよかったのでしょう。志功と美術商の動と静の関係もよかったですね。
最後に棟方志功の肉声が流れたのですが、演じていた劇団ひとりの喋りは、本人と同じと思えるくらい似ていました。

愛シテモ、アイシキレナイ。
驚イテモ、オドロキキレナイ。
歓ンデモ、ヨロコビキレナイ。
悲シンデモ、カナシミキレナイ。
ソレガ板画デス。

一つに情熱を向けて一心不乱に取り組む姿は本当に美しいと思う。だからこそ、そこに必ず万人の心を打つ芸術が生まれるのです。
素晴らしい作品を残してくれた棟方志功に心から感謝します。
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by soleiljap | 2008-10-26 11:25 | ◇ 美 術
広重と印象派

先日の日曜日、TVで「日本の心の旅SP・蘇る浮世絵ロード」という番組がありました。
女優・壇れいがフランス印象派の画家たちに影響を与えたという日本の浮世絵をたずさえ、巨匠たちのゆかりの地を旅するという美術紀行。

今年は歌川広重の没後150年ということで、代表作「東海道五十三次」全55図が彫師たちにより3年の年月をかけ完全復刻されたことも重要なポイントのようです。

録画して3回観ました。
パリのマルモッタン美術館とオルセー美術館では、直接影響受けたという印象派の画家ピサロやマネ等の絵と広重や北斎の浮世絵とを実際見比べながら鑑賞するという、なんとも贅沢なものでした。
ジャポニズムという言葉が流行ったように、まさに印象派の絵画の中に、浮世絵の斬新な構図や色彩、日本の叙情までもが生きているんです。
後半は、広重の影響を特に受けたという、セザンヌ、モネ、ゴッホにスポットをあて、彼らの創作の現場を訪れながら、同時に、広重が歩いた日本の東海道五十三次の今昔を映しながらの検証は本当に興味深いものでした。


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「ローヴからみたサント・ヴィクトール山」セザンヌ

高校時代はセザンヌが大好きで、画集を手放しませんでした。大人になって、ドガやロートレック、そしてモネの睡蓮。とずっと印象派ばかり観ていたような気がします。
でも、ゴッホの位置はちょっと違った。セザンヌやモネのように画集を傍らに置くのでなく、遠くから見つめる感じでした。


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左;「夜のカフェテラス」ゴッホ / 右;「オヴェールの教会」ゴッホ

ゴッホの絵をみるとき、燃える太陽の黄色も、火傷しそうなオレンジ色も、深く澄んだ青色も、力強く描かれていればいるほど何故か心はとめどなく寂寥感に包まれるのです。孤独の叫びとか、そんな簡単な言葉では表せないもっと深い苦のうねりのようなものを感じていたからでしょうか。

セザンヌやモネの絵は模写できても、ゴッホの絵は誰にも真似できないと思う。
絵の具と一緒に塗りこめられた魂の叫びまで描けないと思うから。

今回、ゴッホの「青」について語られるところがあったけれど、これも広重の影響らしい。
ゴッホの青をみて、昔、フランスのフォンテーヌ・ブローという村で見た青空がこの世のものとは思えないほど美しかったのを思い出した。あの時の青空も何故かすごく寂しい青をしていた。

ゴッホの絵が凄いのは、時代を経てもいつも変わらぬエネルギーで私たちを感動させてくれること。彼の心の叫びが絵の具のうねりとなって描かれているからでしょう。それは未来永劫決して色あせることはないと断言できます。

でもね、あなたの大好きな絵は?と聞かれたら、やはり真っ先に答えるのは、「モネの睡蓮」だと思います。
何層にも重なりあう深いモーブ(紫)は大きな懐に包みこまれるような安堵感があります。
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「睡蓮」モネ



今回、歌川広重の「東海道五十三次」を観て、あらためて浮世絵の素晴らしさを再認識しました。
季節感を大事にし、その移り行く風情を美意識として表現する日本人の感性は世界に誇れるものなのですね!


先日、第138回・芥川賞に決まった川上未映子氏のblogをみていたら、過去にゴッホについて書かれていました。ストレートに胸に届きます、皆さんにも是非読んでほしいです。
こちら→「わたしはゴッホにゆうたりたい」
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by soleiljap | 2008-01-29 14:52 | ◇ 美 術 | Trackback
藤田嗣治展 @東京国立美術館
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五月も半ば過ぎたというのに青空は何処へ行ったのでしょう。

本日、『藤田嗣治展』に行く。平日で雨の日にもかかわらずかなりの人で、チケット売り場で20分、入り口で20分待たされるほどの混雑でした。

私が初めてFUJITAの絵に出会ったのは若干20代パリにいた頃です。 セーヌ河左岸の画廊が建ち並ぶ界隈を散策中に、ある画廊のウィンドウにかけられてあった一枚の絵。それはA3の紙を横にしたくらい(もっと小さかったかも)の紙に鉛筆で描かれた女性の顔でした。その流れるようなやわらかな線は一瞬で私を虜にしました。

 『この絵が欲しい』 絵をみて初めてそう思いました。勿論買えるはずがありません。サインを見て絵が藤田嗣治のものだと知り、それ以来私の中ではFUJITAは大好きな画家です。

もしかしてあの絵に逢えるかも、という思いも抱きながら今日は足を運んだのですが、入り口を入ると、もうそんな事などすっかり忘れていました。

そこはFUJITAの魅力溢れる色彩の世界。彼が学生時代に描いた自画像にはじまり、友人でもあったエコール・ド・パリを代表するモジリアニに影響を受けたという絵、圧巻だったのは、自らの境地を模索して到達した、細く流麗な線で描き出された“乳白色の肌”。 ため息が出るほど美しかったです。

“乳白色の肌”はFUJITAの代名詞、世界中の人が知っていますが、今回、もう一つ興味を持ったのが、“戦争画”です。

まずその大きさに圧倒され、それまでのパリで描いていた透明感のある絵とは裏腹に、2メートル(以上?)のキャンバスに茶色一色で緻密に描かれた殺戮風景は、リアルであるにもかかわらず凝視してみてしまうほどしなやかで、かつ力強靭な筆運び。
結果的に戦争画を描いたことで日本を去るはめになり、再びフランスへ戻ったFUJITAが描きだした絵は子どもの絵でした。 無垢な子どもの絵を描くことで、安住を望んだのでしょうか。
生涯を絵の仕事だけに捧げ、時代や社会に翻弄された画家が最後はランスの教会ノートル=ダム・ド・ラ・ぺ礼拝堂のフレスコ画を担当し、宗教画でその命の幕は閉じられました。
 
激動の時代、退廃のエコールド・パリにどっぷりと身を置き、世界的に有名になったFUJITA。国の命令で従軍画家となり、恐れるものが無くなったかのように思えた彼の筆致も終戦をむかえ、その評価は全く別のものとなった。逃げるように日本を出て、やがてフランス籍を取る。そして、日本に帰ることもなく、遠き異国の地で眠る画家FUJITAを思う時、時代に翻弄されながら、最後は宗教画を描けたことは、神から与えられた天恵のようにも感じられます。

今回の100点余りの絵は、激動の時代の中に生きた、FUJITAという画家の壮大な人生を物語っていました。世界のFUJITAをあます所なくしっかりとこの目に焼きつけてきました。冒頭に書いた女性の顔の絵はありませんでしたが、これだけの作品を一同に見ることができ幸せです。


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もし、これから行こうと思われてる方、行列になると思うので朝早く行かれるのをお勧めします。(最終日が近いので朝も混むかも) チケットも前売りで買われていった方がチケット売り場で並ぶ時間が省けます。
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by soleiljap | 2006-05-18 23:52 | ◇ 美 術 | Trackback
マティス展
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Henri Matisse(1869~1954)
1940年《夢》個人蔵



ずっと気になっていたマティス展に、家族で行く。正確には家族と息子の友人一人。

あいにくの雨にもかかわらず大勢の人で賑わっていました。
フランスのベル・エポックの画家たちがとりわけ好き。
パリで美術館巡りをしている時、マティスを追っかけている自分がいました。
多くの人を魅了してやまない彼の作品に見られる簡略化されたデッサン、そこに置かれたぶれない色彩をみながら、彼の才能でしかないと思っていました。 
今回、沢山の作品を見て回り、それらが決して感性だけのものではなく、彼のあくなき探求心とそこから生まれるインスピレーションの世界があった事を知らされました。

ひとつの絵を描くのに、何通りもの色の組み合わせを試み、色違いの作品を多数残しています。
そのプロセスを映像や写真で残して後に発表(展示会)を開いていることからも、研究熱心な彼の素顔がうかがえます。

展覧会のコンセプトでもある 『プロセスとバリエーション』 から分かるように、多くの製作過程様子も並べながら、初期の写実的なデッサンから晩年の切り絵まで、数多くのマチスの魅力を堪能できたし、彼の代名詞ともなっている、"マティス・ブルー" そして彼の"赤"。装飾の中にちりばめられた色彩美は色の音符となり小気味よい演奏となって観る側に響いてくる展覧会でした。

今回の展覧会は、パリのポンピドゥーセンターをはじめ、収集家や世界中の美術館から集められたマティスの絵を一堂に見られるいい機会だと思います。
興味のある方は是非足を運ばれたらいかかでしょうか。


中々出てこない私と娘に、出口では男達がお腹をすかせて待っていました。美味しいお寿司をいただいて帰りました。
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by soleiljap | 2004-10-31 11:05 | ◇ 美 術 | Trackback(2)